文・画 : 柄長 葉之輔 (えながようのすけ)
第三十五回 いつもの店の、いつもの席で
都心で飲んで、十一時過ぎに最寄り駅東急線都立大学に降りると、必ず立ち寄る小さなバーがある。はしゃぎすぎて、ハイテンションを落ちつかせないと、自宅に静かに戻れない気がして、ついつい足が向いてしまうのだ。
「あら、いらっしゃい」。
カウンターの上に並べられたウイスキー、バーボン、リキュール等の壜と何気なく飾られた一輪の深紅の薔薇の間から、ママが、いつもの優しい声で迎えてくれる。
八席ほどのL字型カウンターのこじんまりした店で、もう誰もいないカウンターの、いつものコーナー端に席をとる。
「いやー。いつものことだけど、また飲みすぎちゃってね。えーと、何にしようかな・・・・。マティニーにしたいけど今日は飲みすぎだから・・・・。軽くさっぱりと、そうだ、スプモーニお願いします」。
「ガタン、ゴー ガタン、ゴー、ガタン、ゴー ・・・・、ゴー・・・・ガタン、ゴー・・・・」。
駅ビルの上を走る電車の音が、秋も深まった肌寒い夜の寂寥感を一層掻き立てる。
「いつも右角に座って、モスコミュールを飲んでいる方、相変わらずいらっしゃっていますか」。
「たった今、入れ違いでした」。
たおやかで、艶やかでそして若々しいママのすきっとした姿は今日も健在である。
二人の息子の子育てを終えた四十過ぎの山の手の奥様が、一念発起、バーテンダースクールに入校し、バーテンダーの勉強を始めたのが二十数年前。そしてこの駅ビルでバー“コーナー・ポケット”を始めたそうだ。
と言うことは、エーッ古希、古希に近い・・・・!
カウンターの前には、可愛いらしいメニュー帖が、洒落た小さな楽譜台に置かれている。カクテルは勿論、シングルモルト、スコッチ、バーボン、ウオッカ、ジン、ラムなど、品揃えは、“やる以上、何処にも負けないぞ!いや、負けないわよ!”という意気込みがひしひしと伝わってくる。
「ママ、閉店十二時までまだ時間がありますよね。じゃー。やっぱりいつものマティニーで締めましょうかね・・・・。ゴードンとノエリー・プラッツのドライで・・・・きりっと・・・・」。