TMMP 酒と肴のエッセイ「酔いの徒然」 文・画 : 柄長 葉之輔 (えながようのすけ)

第三十回 サムライ・ウワノフスキー

ウクライナから六十三年ぶりに祖国に戻った上野石之助さんが、インタビューで「何も答えたくありません。すべて運命です。」という一言には、筆舌しがたい過酷な人生が、重くそして深く、刻まれているに違いない。
きれいな白髪に洒落た帽子を被り、背筋をピンと伸ばし、驚きの中に微笑を湛えた素敵な風貌は、八十三歳とはとても思えない凛々しいサムライの姿がある。

この六十三年ぶりのウクライナからの帰郷の第一報を聞いたとき、まず頭に浮かんだのは、デ・シーカ監督、ソフィア・ローレン、マストロヤンニ主演の名作「ひまわり」である。
ナポリの女、ジョヴァンナがロシア戦線で行方不明の愛する夫を探しに行く舞台は、もっと北のシベリア。
やっと見つけた夫は、あろう事か、シベリアの娘と幸せな結婚をし、ジョヴァンナは絶望の中に一人ナポリに戻る。数年後、夫は、シベリア妻に適当な理由をつけて、ナポリのジョヴァンナに会いに行くが、彼女はもうすでに自立し、赤ちゃんまでと、イヤハヤ、未練たっぷり、それこそ運命に逆らった、往生際の悪いイタリアスケベ男の不粋な物語である。

「いかなる状況下においても、私は、ただ生きなければならなかった。これだけです。」
「私のかわいい弟よ、妹たちよ。」
六十数年の時の経過で、日本語を全く忘れ、通訳を通じての一言一言は、上野さんが、過酷の運命の中で、ロシア人、ウクライナ人として生きる、生き抜くんだ、という強い意志を感じる。
三十年ほど前、ルパング島から帰還した小野田さん、グアム島の横井さんなども、一人孤独な生活を強いられていたのではあるが、日本の勝利を信じ、いつの日か祖国に戻れると確信しているからからこそ、いつも頭の中には日本語があり、日本語で思考していたのであろう。しかし、上野さんの場合は、六十三年前サハリンで音信不通以来、生き抜き、生き通すためには、現地語を会得し、現地人として徹底的に生活する必要があったのであろう。
長い歳月にわたる環境変化は、人間の外見、体質、仕草などに顕著に現れるものだが、我らがサムライ上野さんも、小柄ながら堂々としていて、あのロシアン・ウオッカをぐっと飲む姿は、将に、「ハラショー!! ウワノフスキー・・・」そのものであろう。