文・画 : 柄長 葉之輔 (えながようのすけ)
第二十八回 王府井の凄い火鍋
脂肪を燃焼しエネルギーに換えるカルニチンが、若い女性の間でブームだそうだ。そのカルニチンを豊かに含む羊肉が、最近脚光を浴び、こじゃれた羊肉専門店が、あちこちに増えて来ている。
羊肉と言えば、もう二十年以上も前になるであろうか。天安門事件の前後に、上海、北京から内陸部の西安、重慶、南京などの各都市へ、毎月のように出張していたことがあった。中国最貧省といわれる安徽省合肥などに行くと、空港設備が不十分で、天候によっては飛行機も飛ばないこともたびたびで、合肥から北京まで、列車の軟座に揺らり揺られて、三十六時間もかけて帰ってきたこともある。
その頃、北京にようやく戻ると必ず楽しみに立ち寄るいろいろな意味で凄い店があった。長旅で汚れきった体をホテルでひと風呂浴びて、乾いた喉も、すききった腹も、ひたすら、北京の目抜き通り王府井の路地にある「東来順」へ。
裸電球の薄暗い広い店内は、蒸気とタバコと人いきれ、それと耳を劈く甲高い中国語があちこちで飛び交っている。床にはタバコの吸殻は捨てるは、痰をペーっと吐くは、食べかすは落とすは、まるで阿片窟かタコ部屋に入り込んだようだ。
しかし目が慣れ、雰囲気に慣れてくるに従い生来の好奇心と食い意地がはっきりとものの本質を捉えるようになる。
大きなうす汚いテーブルの真ん中に、真っ赤に燃え盛っている炭火がドーンと置かれ、その上に煙突状の銅製の鍋。その周りを取り囲むように欠けた大皿一杯に、これは鮮やかな色の羊肉と、白菜、ニラなどの野菜が山盛り。タレは、乱雑に置かれた大蒜、冬菜などを醗酵させた刺激的な調味料をゴマダレをベースに、自分流に調合アレンジする。
ここの羊肉は内モンゴル新疆の若い羊、それもお尻にボッタリと被さっている、太くて短い尾っぽの肉しか使わないのだそうだ。
「そりゃすげー。よーし。食ってみるか。」と、本当に洗ったかどうかわからない箸で、「しゃぶしゃぶ・・・。」「ウエーっ。こりゃ、うめー・・・。柔らかい、癖ない、いい歯ごたえ。実に旨いねえ・・・。」
「すいませんが、ビール下さい。冷たいビール、リン・ビーチュー(冷麦酒)ですよ!」
あの当時、大都市北京でさえも、何も言わずにビールを頼むと、生暖かいビールを運んでくるという時代だった。何事にも行列を守らず横はいり横行、道端への痰吐きはまだ改善されていないようだが、最近のニュースでは北京オリンピックに向かって罰則を強化したようだ。