TMMP 酒と肴のエッセイ「酔いの徒然」 文・画 : 柄長 葉之輔 (えながようのすけ)

第二十七回 音と左脳と美味しさと

ある著名な神経生理学者の聴覚実験によると、日本人の聴覚と外国人の聴覚の仕方に決定的な違いがあるそうだ。
日本人は母音と子音の両方を優位脳である左脳で聴いているのに対し、インド・ヨーロッパ語を母国語とする人たちは、子音は左脳で、母音は劣位脳である右脳で聴く。そして更に、風や波の音、虫の音、動物の鳴き声、赤ん坊の泣き声も、日本人はすべて言語脳とも言われる左脳で、外国人は音楽や機械音、雑音を処理する音楽脳の右脳で聴くというのである。
日本人が、虫の音で季節を感じ、遣り水の音や風と草木の音に親しみともののあわれを覚えるのは、左脳で言葉として処理しているからで、自然の営みと日々の生活とが一体となって生きてきた日本人の原点がここにある。

これは食べ物、飲み物にも通じることで、西欧的マナーに反することであるかもしれないが、飲食時に出る音は、日本料理では伝統的に美味しさに含まれるものと言ってよいのではなかろうか。
蕎麦を食べるとき、蕎麦汁にチョこっと汁をつけて、一気に「ズルズル・・・・。アー、うめーナー。」
江戸っ子とは言わないが、どうも音なしでは美味さが体感できない。
六本木とか赤坂の老舗の蕎麦屋に行くと、青い目の外人がよくお蕎麦を食べている様子を見かける。外人も蕎麦のヘルシーさを知っているからであろうが、みな巧みな箸さばきではあるが、蕎麦汁を下に固定させ、スパゲッティ風に一口一口、口に入れ音も立てずに、口もあけずに黙々と食べているのである。これじゃ本当の蕎麦の美味しさ、楽しみ方は解らないはずで、“郷に入れば郷に従う”、音と美味しさのハーモニーを楽しむべきでは・・・・。
蕎麦だけではない。お新香の音、フーフーホカホカのおでん、ふぐ鍋の雑炊、ズワイガニ・・・・、音なしでは味が半減してしまいそうである。
冷え冷えのビールを「グピグピ・・・・」とグラスに注ぐ音。日本酒の熱燗徳利をお猪口に傾けると、「お今晩は! お元気! トクトクトク!」と親しげにささやく音。ウイスキーボトルを形の良い大き目の氷の入ったグラスに注ぐときの低音バスの効いた「トックン、トックン・・・・」という威厳に満ちた音とそれに悲鳴を上げる「バリバリパッキーン、キリキリミリミリ・・・・」とした氷の裂ける音。美味しそうな音が、喉を刺激する。
これらすべて、言語脳の優れ過ぎた我々の悲しい性であり、音楽脳の外国人には解らない美味しさの一要素なのである。