文・画 : 柄長 葉之輔 (えながようのすけ)
第二十五回 本当の居酒屋の条件
地方に出張し、一人で夕食をとるときは、必ず気の利いた居酒屋に入ることにしている。その選び方は、ひたすら永年の経験とフィールドワークによる。まず日が暮れ、ネオン、提灯がともるころになると、コートの襟を立て、街並みと行き交う人をしげしげと眺めつつ繁華街の端から端まで、気がそそる小さな路地にも足を運びながら、ぶらぶらとゆっくり歩いて行く。中小の都市ならば二、三十分で充分で、提灯の具合、暖簾の様、引き戸の姿や漏れてくる光の柔らかさ、そして全体の醸し出す雰囲気から、お目当ての店の様子やあての具合までが鮮明に浮き出てくる。
「カウンターに座ったら、まずビールをグィーと飲んでと。そしてお通しをちょっとつまみながら、まずは刺身でも頼もうか。そうだ、カワハギが旬だな。醤油に肝を溶いて・・・、キューッと熱燗で、イヤー堪らない!」と、もう店に入る前から喉と舌が動いてしまい、一人悦に入っている。
そのような居酒屋は、居酒屋であるから決して料亭風の佇まいではなく、やや古びた庶民的な風情の中に風格が漂っていて、今までその選択に大きな狂いは皆無といって良い。
居酒屋の条件を挙げるならば、まず安いに越したことはない。料理は新鮮手造り、朝から仕込みでランチ無し。大きく年季の入った白木のカウンターは必須で、店内照明は白熱光。店内音楽勿論ご法度、飲兵衛の声とざわめきがBGM。いつもと同じ店主がいつもと同じ場所にいて、いつもと同じ会釈をする。
「あそこの壁にかかっている大きな油絵、いいですよね。本当に昔の居酒屋の雰囲気がありますね」「ああ、あれ。うちの親父が昭和十一年、自由が丘のガード下で居酒屋を始めた時の最初のお客でプロレタリア画家須山計一さんが描いてくれたんですよ」
戦前の自由が丘周辺に住む飲兵衛たちが、小さな居酒屋で口角泡を飛ばしながら酒を飲んでいる様子を、フォービズム画家らしく大胆な太い筆使いで、リアルに描いている。
自由が丘の居酒屋「金田」に通って四十年。居酒屋の条件の原点「金田」で、今日も一人、白木のカウンター越しに須山計一「居酒屋」を眺めながら、
「すいません。菊正、熱燗もう一本! それと、つみれ汁予約しておきます!」