文・画 : 柄長 葉之輔 (えながようのすけ)
第二十三回 谷 町
谷町とは明治の末頃、大阪谷町筋四丁目の相撲好きの外科医が、相撲取りからは一切治療代を取らなかったことが語源らしい。
大相撲秋場所は、ブルガリア出身琴欧州の快進撃で、久々に千秋楽まで釘づけにさせられた。残念ながら優勝決定戦で横綱朝青龍に一蹴させられてしまったが、初土俵から三年。十三連勝、準優勝とは恐れ入ったものだ。
ブルガリアは、もともとは黄金のトラキア文明発祥の地で、ソ連崩壊以前は共産圏に組み込まれていたが、今では、2007年に欧州共同体の一員となる由緒正しい国なのである。ギリシャのすぐ北に位置し、青々とした自然豊かな国土で、ブルガリアヨーグルトとバラが世界的に有名で、ワインも欧米では高く評価されているそうだ。
両国の近く、東陽町のホテルの大宴会場。佐渡ヶ嶽部屋千秋楽パーティには六百人を超える人たちが集まり、「角界のベッカム」琴欧州を、今か今かと心待ちしている老若男女でごった返している。
金屏風、鏡割り大樽を設えた大舞台に、佐渡ヶ嶽親方を真ん中にして、琴の若以下関取衆がずらりと控え、親方の千秋楽挨拶の真っ最中。
「琴欧州も残念ながら優勝を逃しましたが、もっともっと精進させて、大関、横綱を目指します。こんなに盛大な千秋楽を迎えることが出来たのも、皆様のお陰です」と、杖を片手に、年寄り定年間近い親方が、深深と頭を下げる。
「しかし、正直言いまして、部屋を維持するというのは、大変なんですよ。新弟子を探す、琴欧州だってわざわざブルガリアまで出向き、・・・・そりゃ、お金がかかリます。本当に。皆さんの様な谷町がいなければやっていかれないんです」「折角、いい子を探してきても、最近の子は、厳しく躾ければ、すぐいなくなっちゃうしね。本当に難しくなりました。ところで、琴欧州も、もうとっくに表彰式も終わったのに、ずいぶん遅いな・・・・。あんな不様にイッチニッで、コロッと朝青龍に負けて、また怖い親方に怒られると思って、何処かへ逃げちゃったのかね・・・・」
親方の良く通る声とその軽妙洒脱な話術は、場内を大いに盛り上げる。
「おうー。逃げなかったようですね。来たようです。悪口を言うとすぐ来るもんですね・・・・」
長身偉丈夫ベッカム琴欧州と親方の壇上での師弟の心暖まる長くそして固い握手に、満場の谷町および谷町予備軍は大喝采。
カメラのフラッシュの中、場内を一巡。ご臨席ブルガリア谷町、ブルガリア大使の前で、頭をちょこんと下げ、「ごっつぁんでーす」