TMMP 酒と肴のエッセイ「酔いの徒然」 文・画 : 柄長 葉之輔 (えながようのすけ)

第十九回 季節外れのスコール

「おっー。来るぞ、来るぞ。あっちの空はもう真っ黒だよ」。バリバリ、ザーッと一気に大粒の雨が、まるでスコールのように音を立てて降り始める。 まだ陽も暮れない銀座二丁目。一本日比谷よりの通りにある行きつけの小さなウォーク・イン・バー。

洒落たブラッサリー風赤いテント、エントランスの真紅の絨毯、小さな和みの植木鉢、そして店先に置かれた大きな樫の木樽。どれもこれもこの激しい雨で、みるみる音を立てて水浸し。
まだ客もまばらなカウンターに肘をかけ、ラムリッキーを片手に、半身の構えで外を眺めると、慌てふためく人達が、右へ左へ。
初夏の陽差しで焼けたアスファルト臭が、開けっ放しのドア越しに、水分を含んだ冷風とともに入り込んでくる。
黒いバッグを頭に載せ、雨を防ぎながら駆け抜けていく若いビジネスマン。もう防ぎようも無く、長い亜麻色の髪をびしょびしょにして “もう、どうでもして!” と諦め切って歩いているパンツルックの素敵な女性。

「昨日も雹みたいのが混じって凄かったけど、今日も強烈だね。地球温暖化で、夏が早くなっちゃったんじゃないのかね・・・」。
背広もぐっしょり、パンツの折り目は見る影も無いビジネスマンが、傘をたたみながら、「いや!。ひでえ雨だ。参ったねー。マスター、ビール頂戴」。
こんな雨じゃ、永井荷風の東綺譚みたいに、「一寸そこまで相合傘で・・・」と、色っぽくなりやしない。それに当世、「一寸そこまで傘に入れてくれませんか」と、中年男が若い女性に声をかけたら、「何よ! そこで傘売ってんじゃん! ケチ!、この助兵衛親父!」と言われかねない。

「まだ凄く降ってるね。もう一杯飲んで行くか。えーと。いまさらビールは重いし・・・。ほら、あれ頂戴。ポルトガルのさっぱりとした軽めのシャンパンみたいな・・・、そうそう、ヴィーニョ・ヴェルデ。今日みたいに蒸し蒸しするときにはぴったりだよ」。
「マスター、前来たとき持ってきた傘あるよね」。
「ええ。どれか分かりませんがどうぞ。でも、もう雨が上がりそうですよ」。
「エーっ。止んだ。ちぇーっ。さっきそこでせっかく買ってきたのに・・・」。
ずぶ濡れ紳士がポツリと、恨めしそうに外を振り返る。