文・画 : 柄長 葉之輔 (えながようのすけ)
第十五回 大相撲桟敷の酒
鬢付け油の香りとやぐら太鼓。今にも雪が降り出しそうなどんよりとした寒空にパタパタと寂しそうに旗めく大きな幟。いつ来ても国技館の雰囲気は、子供の頃のお祭りに来るサーカスを思い出させ、何気なく侘しさが漂ってくる。
「あっ。あのお相撲さん、高見山だよね。でっかいね。フエー、スゲー」。
入り口で入場切符をチェックしているのは、確かに高見山で、改札ボックスから相変わらずの巨体をはみ出させ、大きな手で切符を一枚一枚チェックし、お客さんを、あの独特なだみ声で、愛想よく案内している。
「天皇陛下にお尻を向けられるのは、相撲取りしかいないんだよ。ほら、見てごらんでっかいあのお尻・・・」。小学三年の甥を連れ、久しぶりに両国国技館の初場所初日。
半纏を羽織った桟敷係が、目いっぱいに詰まった大きな包みを提げて、「今日は天覧相撲で、お客様の真っ正面が、天皇様のお座りになる席です」。「えっ、本当?」。
「はい。これはお弁当、おつまみとお土産です。ジュース、ビール、お酒、ウイスキー何でもお申し付けください。此方までお持ちしますから。お酒はお燗にしますか」。
畏れ多くも、両陛下を前にしてお酒などとは ・・・。「でも、釣り天井で隠れているから、まあいいか・・・」と、やれビールだ、熱燗だと、ここぞとばかり、あさましく呑むこと呑むこと。
「ほら、よーく見てごらん。仕切りなおしをしているお相撲さんの体の色がだんだん赤く、生き生きとしてくるだろ。目も鋭くなってきて。あっ、時間いっぱいだ」。
頭でガツンと立会う凄まじいぶつかり合い、素手での突っ張りと張り手の激しい音、がっぷり組んだ時の荒い息ずかい、勢い余っての土俵下への転落。そして負けても勝っても、両者土俵に上がって、悔しさも微塵に見せず、黙って一礼。
「ヒクーッ。いーいねえ。これだよ、相撲ってのは。これが日本人の潔さってことなんだぞー。分かるかい。ウィーッ。一寸酔っ払ってきたかな」。
「それとなー、相撲取りがいろんな格闘技の中で一番強いんだぞー。ウイーッ」。
「一番強い? そうかなあ。じゃあ何で、曙はボブ・サップに負けてばっかいるの・・・・」。