TMMP 酒と肴のエッセイ「酔いの徒然」 文・画 : 柄長 葉之輔 (えながようのすけ)

第十回 T’S Bar

横浜尾上町・馬車道周辺は、今でも文明開化の匂いを漂わせ、夜ともなると、洒落た街灯に灯がともり、大桟橋、山下公園に向かって伸びる街路樹にネオンが映えて、更にエキゾチックな雰囲気を醸し出して来る。
日本大通り方向に路地を曲がると、小料理屋、バーが、ゆったりと並んでいて、優しい癒しの灯りが、呑兵衛の足を止めさせる。
その中の一軒、カウンター小料理屋風割烹。艶やかな形のよい唇、耀く白い歯が印象的なママで、何しろ歯を綺麗に維持するため、煙草は勿論、渋みが歯に残るお茶も一切摂らないそうだ。
「ママ。この店の斜め横にあるT’S Barのマスターって知ってる?」
何回かこの店に来る時には気が付かなかったが、今日ふと“T’SBar”の存在に気が付いたのである。

日本がバブルに浮かれていた頃、銀座、赤坂、六本木と夜毎夜毎繰り出していたが、その中の行きつけの一軒に六本木“T’S Bar”があった。オーナーは築地の酒屋の三代目で、酒屋受難の流れで店をたたみ、六本木に、その当時では先端を行く洒落たオーセンティクバーを開き、テレビドラマの舞台でも使われた。ウイスキー、カクテルは勿論、ワイン、日本酒にも造詣が深く、同世代と言うこともあって、よく一緒に飲みにも行った。
バブルも儚く散り、六本木にも全く行かなくなっていたが、先日ふと思い出し、六本木墓地下の“T’S Bar”に寄ってみたのである。残念ながら店は一変、オーナーも代わってイタリヤ料理屋に変貌していた。
「“T’S Bar”って言う名前も珍しいし、店の英語のロゴも、全く同じ。六本木から横浜に、事情あって引っ越してきたのかな?」
「ああ、つとむちゃんのバーね。お隣だもの、よく知ってるわよ」。
「まだ三十代よ。それに、本当の浜っ子。一寸、オカマっぽいけどね」。
「オカマのTSUTOMUちゃんで、“T’S Bar”じゃないの・・・」。