文・画 : 柄長 葉之輔 (えながようのすけ)
第八回 出入り禁止
白髪混じりのパンチパーマ、派手なジャケットの中年男が、カウンターに両腕を目いっぱい広げ、いかにも「俺にかまうな!」というように蹲っている。呑みかけのワイングラスの横には、分厚い原書が開かれている。
最近のヤクザは原書を読みながら呑むのか・・・。
「今日はゆっくりですね。何にしましょう」。
「えーと。あれ、ショパン・ウオッカ・ストレート。ところで、T先生、良く眠っているね」。
「参っちゃいますよ。本当に毎晩ですよ」。
「ロンドン出張とか、学会で一寸疲れているんじゃないの」。
「でも・・・。 お客様からの苦情も多くて・・・」。
T先生が、世界でも屈指のガン研究者でノーベル賞にも1%の確率があると知ったのは、中年二人つるんで、自由が丘のカラオケやキャバクラなどにしばしば行くようになってからである。
ある時など、T先生に誘われ出席した、イギリスの高名なノーベル賞受賞学者との共同セミナーの堂々たる講演とその凛々しい姿は、夜毎の醜態など想像も出来ない。
「あれ、今日はお早いことで」。
「とりあえず、冷えたビール頂戴。ところで、今日はT先生来るかな」。
「・・・いえ、もう来ません。あまりにだらしないので、出入り禁止にしました」。
「えーつ。そんな」。
「先日、お客様が誰もいなかったとき、思い切って懇々と注意したんですが、そのうちまた死んだように眠ってしまい、閉店までですよ。そりゃチョッと、あまりに度が過ぎませんか・・・」。
「呑兵衛先生、どこかで呑んでるんだろうけど、どこか心当たりある・・・」。
「いえ・・・」。
「ん・・・。多分あそこのスナックだろう。あとで行ってみるか」。
煙草の煙に蒸せた店内奥のカウンターに、見慣れた格好で蹲っている派手なジャケットが目に入った。
カラオケの大音響をもものともせず・・・涎をたらして堂々と爆睡中。