文・画 : 柄長 葉之輔 (えながようのすけ)
第七回 遺 偈
季節はずれの突風と横なぐりの雨の中、I社長の告別式が青山葬儀場で行われた。
肺ガンの発症から一年。持前の気力と胆力で、敢然とガンに立ち向かったのであるが、無念にも、六十七歳の生涯を閉じたのである。
厳かに置かれた白木の棺。その横には大きな遺影が掲げられ、「おい、それはな・・・・君・・・・・・・。」と、今にも熱っぽく語りかけて来る様だ。
禅僧喪服に身を包んだ白髪長身痩躯、故人が、人生の師と仰ぎ、私淑していた東洋思想家、S先生の弔辞が述べられる。
故人が死を目前に書いた遺偈を懐から徐に取り出し、静寂を破って、音吐朗々と読み上げる。
一刻六十七年 悟りは死途に在り
倶指も無も 千客万来 全入全入
拈華も微笑も 愉快愉快
朝露が葉から雫れ落ちる程の、儚い短い人生である。釈迦も、老子も道元も、先哲達がそれぞれ悟を求め、同じ様に死んで行ったではないか。
一瞬の沈黙の後、場内がゆれ動く様な、力強い声で、
「喝・・・・・・・・・・・・ッ」
思い起こせば、I社長には、人生の節々で厳しく叱責もされ、勇気も与えられた。
ある不祥事を引き起こした時など、その責任を取り、退任の報告に伺うと、
「・・・・・・・・その潔さは良し。人間くよくよしてもしょうがないぞ」と言って、書棚から一冊の本を取り出し、頁を捲って渡された。
酔古堂剣掃 陸紹
嬾には臥すべし
風すべし
静かなれば坐すべし
思ふべからず
悶ゆれば対すべし
独りなるべからず
労しては飲むべし
食ふべからず
酔うては眠るべし
淫するべからず
「君! また食ってばかり。酔っては何してるんだ。しっかり眠って無いじゃないか・・・」と一喝されかねない。
悟には未だほど遠い。 合掌