文・画 : 柄長 葉之輔 (えながようのすけ)
第五回 ハモン・イベリコ
BSE(狂牛病)に鳥インフルエンザ。これじゃ、血の滴るステーキも、ささ身の刺身も、ましてや生卵のぶっかけご飯も、おちおち食べることも出来ない。
“しゃぶしゃぶ”ならば問題なかろうが、同じ“しゃぶしゃぶ”ならば、粗塩と粗挽き黒胡椒に付けて食べる“豚バラ肉のしゃぶしゃぶ”は、巨匠黒澤明がこよなく楽しんだシンプルだが呑むあてには絶品の鍋である。
洋の東西、中国で肉と言えば豚肉、ヨーロッパでもハム、ソーセージ、サラミに始まり、スペアリブ、アイスバインと、ビール、ワインには豚料理がかかせない。
中でも、呑んべえ美食家の食欲を掻き立てるのは、何と言っても生ハムであろう。
単に生ハムと言っても、豚の品種、部位、燻製か、塩漬けかといろいろあるが、スペイン・イベリア半島のイベリコ黒豚からつくるハモン・イベリコに優るものはあるまい。
二年程森林に放牧され、ドングリを一杯食べて成長後、ていねいに塩漬けされ、更に二年程熟成させたハモン(後足)は究極の生ハムなのである。
スペインの街角のバールやタパスの店内には、褐色のハモン・イベリコが、ハモン・セラーノ(白色豚)と一緒に、吊り鐘の様に吊るしてあって、見ているだけで唾液の分泌がはじまり、冷えた白ワインが欲しくなってくる。
「あのな、君。スペインに行くんだろ。ハモン・イベリコを一本買って来てくれ。金は心配するな」。
「・・・・。会長、そんなこと出来ませんよ。成田で生ものは通関できませんし、間違いなく没収です」。
会議で、返事がもたつくと即座に鉄拳が振り下ろされるし、逃げるとコントロール良く灰皿を飛ばす会長である。
「・・・・、会長。恐れ入りますが、あんな大きいものをどうやって持ち込むんでしょうか」。
「そりゃあ・・・・君。現地で新しい大きなトランクを買って、君の汗臭い下着とかシャツで、ハモン・イベリコをぐるぐる巻いて、ギュウギュウ詰めにして持って来るんじゃ」。
「豚の骨なんか、金属探知器にひっかかりゃせんよ。ワッハッハ・・・・」。
バルセロナのめぼしい肉屋で、会長の喜びそうな格別なハモン・イベリコを購入し、新しいトランクに指示どおりいれて、いざ搭乗手続。
「オ預ケハ、コノトランク? 成田マデデスネ。オー重イデスネ・・・・」。
「ハイ、搭乗券デス。ナイスフライト。サンキュー」。
「会長。うまく行きました。どうぞ・・・・」。
「どれどれ。おっ・・・・いい色艶、うまそうな形じゃ」。
「・・・・ん。チョッとしょっぱいか・・・・。ん・・・・こりゃ・・・・。君の汗と違うか・・・・」。