文・画 : 柄長 葉之輔 (えながようのすけ)
第三回 スローワークとスローフード
今夏、オリンピックが開催されるアテネは到る所、すべてが工事中。しかも、平日昼間にも拘わらず、ブルドーザーは放ったらかし。万事スローなギリシャとは言え、果たして、予定通りオリンピックは開催出来るのだろうか。
そんなアテネから北へ飛行機で一時間。エーゲ海に臨むギリシャ第二の都市テサロニキは、更に上を行く超スローである。
波一つ無く、穏やかに青く広がるエーゲ海を見下ろすオリーブ工場に、製品検査、船積確認に来たのであるが、作業はあくまで、スロー・スローワーク。赤ら顔にチョビ髭を生やした工場長は、両手を目一杯拡げ、陽気な仕種で、「オー、ミスター・サムライ。ノープロブレム!」。
春の心地よい潮風とやわらかな太陽の光を浴びながら工場テラスでの優雅なビジネスランチ。パプリカ、キュウリ、トマトの色鮮やかなサラダに、オリーブとフェタチーズ。タラモサラダにザツキ。そして近海の魚貝類。パンはふっくら美味しいライ麦パン。それに冷えた白ワインを口に流し込めば、時間を忘れ、当然スロー・スローフード。
大きな瞳と胸の谷間に吸い込まれそうな豆タンクの貿易担当フォフォが「今日は金曜日。船積は明日、間違いありません」「明日帰国でしょう。今晩、主人や友達と一緒にベリーダンスクラブに行くんですが、行きましょうよ」。
古い港の倉庫を改装した高級クラブ“サルタン”は、老若男女で、ムンムン。刺激的なアラビック音楽に合わせ、透き通る様な原色のドレス、腰にコインベルトを巻き付けたベリーダンサーが、手と腰を小刻みに動かしながら店内を踊り廻っている。と、突然、フォフォもコインベルトを付け、ダンサーの動きに合わせ、踊り出し、連られて皆も輪の中へ。
ウゾウにティプロに水タバコ。恍惚境の中で、気が付けば午前三時。
翌朝、重い頭で荷物を纏め、船積書類をチェックすると、大切な書類の間違いに気が付いたのである。
「いけねぇ。今日は土曜日、工場は休み。ギリシャのことだ、誰もいないだろう。でも…」と工場に電話してみると、フォフォが電話に出たのである。「オー! ベリー・ソーリー、すぐ直して、空港に届けますから」。空港の出国ゲートで今か今かと待っていると、豆タンクが胸をゆらしながら、書類片手に階段を昇って来たのである。「サンキュー、フォフォ、 やる時はやるんだね」。
アテネのオリンピックファンファーレは確実に近い。