TMMP 酒と肴のエッセイ「酔いの徒然」 文・画 : 柄長 葉之輔 (えながようのすけ)

第二回 ゼロ号の油絵

狂った様に、突然油絵を描きはじめたのは、日本経済のバブルが弾け、今にも倒産しそうな小さな貿易会社を経営、毎日手形決済の金策で、血相変えてバタバタ走り廻っていた頃である。
やっとのこと、手形決済が終わると、刹那的な満足感で、やれ銀座だ、赤坂、六本木と飲んだくれ、翌日二日酔いで目を醒ますと、また迫って来る次の手形の決済と、凄まじい日々を過越していた。

「俺、こんなことでいいんだろうか・・・」。
その時、朦朧とした頭に、啓示の様に浮かんだのは、小学生低学年の頃、小さな炬燵に入りながら、無心にクレヨンで絵を描いている姿であった。
「よし、油絵をやってみよう」。
それから二十年。いずれの師を持たず、徹底した我流で、静物、風景、特にワインボトル等を好き勝手に描き続け、ちょっとした美術展でも、連続して入選する様にもなって来た。
行きつけの銀座のバーでも飾ってくれていて、
「私、この絵が好きなんです。毎日ホコリを払って、綺麗に布いています」などとバーテンダー見習のH君に言われると、
「君が店を出したら、必ず俺の絵をあげるから」などと言って、一人悦に入っている。

「君。なかなか絵、うまいんだね。今度私に君の絵、呉れないかね。お金はちゃんと払うから」。
中・高時代の恩師M先生に言われたのは、一年前の同窓会であった。
「先生。お金とは滅相もありません。喜んでお贈りしますから」。

昨秋、Fゼロ号にヴィンテージポートワインとデカンタを描き上げ、古びた風格ある額に入れて送ったところ、三日程して、御礼状とピン札一萬円札が十枚。
「先生。号、千円もしない拙作なのに、こんな大金いただけません」。
とは言ったものの、そのピン札は、数日後、酒とともに、あとかたもなく消えてしまった。