文・画 : 柄長 葉之輔 (えながようのすけ)
第一回 臼杵のてっさ
木枯らしが吹きはじめ、コートの襟を立てる頃になると、鍋料理と熱燗が恋しくなる。鱈ちりも、あんこう鍋も捨てがたいが、やはり河豚に勝るものはあるまい。
大皿に薄く盛られた“てっさ”を、鰭酒を呑みながらポン酢に浸けて食べる味わいは、身も心も豊かにしてくれる。ただ、都心で食べる“てっさ”は、たとえ三、四人でも、有田焼の大皿模様が浮出る程、巧妙に薄く皿に盛られていて、一箸で、大皿半分程、掬い上げてしまいかねない。
“てっさ”はあくまで前菜で、白子焼き、唐揚げ、ちり鍋、雑炊となるけれども、やはり一度は、「もういい」という程、“てっさ”を食べてみたいものである。
河豚と言えば、河豚の王様“トラフグ”。
玄界灘で獲れる下関の河豚が有名であるが、豊後水道の荒々しい海流に揉まれた大分臼杵の“トラフグ”は、明治の元勲、伊藤博文侯も、お気に入りで、鮮度が命。
厚みとボリュームのある“てっさ”が、青磁の大皿一杯に盛られ、真ん中には分葱と臼杵特産カボスを“湯引き”を囲むように彩り良く添えている。
「これをポン酢にガバッと入れて、よく混ぜ、“てっさ”とそれに付けて食べんしゃい」
小皿に入った茶褐色の物体を、ポン酢が溢れんばかりに入れ、その塊をていねいにほぐす。
子供の頃の、早く食べないとおいしいものを横取りされてしまう様な気持ちで、箸を斜めにして、こぼれんばかりを大皿から掬い取り、たっぷりとポン酢に浸けて、一気に口の中へ。
厚めの“てっさ”の歯ごたえと、甘美な甘酢っぱい舌触りが、無言で、箸を夢中に走らせる。
「大将。大丈夫かな」「大丈夫だっちゃ。もう十分も経っちょるけん」
河豚のことを、“てつ”と言うのは、“たまにあたる”ということから「鉄砲」のことなのである。